PHR(パーソナルヘルスレコード)を活用しフレイル予防から“IKIGAI”の創出へ
NEWS 2023.2.8
ヘルスケアや医療分野で、注目を集めているPHRをご存知でしょうか。PHRとは、自らの医療・健康・介護などのデジタル情報を個人が収集し、一元的に保存したデータを意味します。
PHRを例えば医療機関などに提供すれば、治療はもとより病気の早期発見から予防にも活用できます。このPHRの価値に着目した政府や自治体、民間企業などが今、個人の健康増進や生活習慣を改善するためPHRの活用に力を入れています。2022年6月には官民一体の「PHRサービス事業協会(仮称)」設立宣言が発表されました。これに参加するシミックグループも、早くから情報流通プラットフォームの構築・提供に力を入れ、新たな健康・医療データ関連サービスの開発に取り組んでいます。
今回はシミックグループの中でも、フレイルリスクを唾液で検査する「フレサイン®」を2022年9月にリリースしたシミックソリューションズ株式会社の新規事業推進本部・製品マーケティング部で部長を務める成田周平氏と、JDSCデータサイエンティスト金岐俊氏・JDSCデータサイエンティスト兼医師の加藤浩介氏に、フレサイン®をはじめとするPHRの活用が開く可能性についてのお話を伺いました。
創業30周年を機に新たな展開を目指す
―シミックグループはCRO(Contract Research Organization:医薬品開発支援機関)からスタートし、その後幅広く事業を展開されています。
成田周平氏(以下、成田):
もともとは医薬品の開発業務をサポートする集団として事業を立ち上げ、徐々にサービスを拡大してきました。CROすなわち疾病予防と治療の研究開発を総合的に支援する事業者としては、私たちが日本初であり、今では日本最大規模となっています。続いてCDMO(Contract Development and Manufacturing Organization、医薬品製剤開発・製造支援)として医薬品製剤からバイオ原薬の開発・製造支援を手がけるようになり、日本だけでなく米国やアジアなどでグローバルに事業を展開しています。これら製薬企業の進化に貢献する事業からさらにヘルスケア事業を手がけるようになり、2005年にはPHVC(Personal Health Value Creator)、つまり個々人のヘルスケアニーズに貢献するプロ集団をめざすと宣言しました。
―そのシミックグループ内でシミックソリューションズは、どのような役割を担っているのでしょうか。
成田:
従来の医療機関や企業と人材の橋渡しを行う事業に加えて、最近力を入れているのが「harmo®」と「SelCheck®」の2つのソリューションビジネスです。harmo®は、電子お薬手帳を基盤としたデータ活用サービスです。具体的には、電子お薬手帳によって収集した利用者の服薬情報を、匿名化した上で製薬会社に提供したり、予防接種の情報管理などに活用したりする実証実験などを行っています。もう1つのSelCheck®は、疾病の予防や早期発見をめざす検査サービスです。現時点で子宮頸がんの発症リスクをウイルスで確認する「パピア®」、慢性腎臓病の発症や重症化リスクを評価する「レナテスト®」、そしてフレイルリスクと歯周対策リスクを評価する「フレサイン®」の3つを提供しています。
金岐俊氏(以下、金):
その「フレサイン®」が、まさに我々「フレイル対策コンソーシアム」の強力なアシストになると期待しています。ところで、本来シミックグループは治験の支援などをメイン事業として展開していたのに、なぜ検査という新たな領域にまで事業を広げてきたのでしょうか。
成田:
最大の理由は、疾患への対応について薬だけでは治療を完結できないと考えるようになったからです。PHVCとして個々人のヘルスケアニーズにより適切に応えるためには、何よりも早期発見が欠かせません。そのため各種の検査サービスを手がけるようになりました。フレイルに関しては、「フレイル対策コンソーシアム」への参加により、より多くの人に価値提供できるようになると期待しています。
フレイルの早期発見から介入・改善へ
―「フレサイン®」とは、具体的にどのような仕組みになっているのでしょうか。
成田:
よく「老化は口から始まる」といわれるように、オーラルフレイルも典型的なフレイルリスクと考えられます。オーラルフレイルを早期発見するために唾液をサンプルとして、フレイルリスクと歯周関連リスクを検査するシステムがフレサイン®です。その特徴は、痛くなく・簡単に・健康チェックできる点にあります。唾液を採取して検査キットで郵送すれば、唾液量や唾液に含まれる成分により、現在の健康状態がわかるのです。
加藤浩介氏(以下、加藤):
唾液に含まれる成分での測定対象となっているのは、活性酸素のスーパーオキシドとヒドロキシラジカルですね。これらはストレスを受けたときに出やすいもの、いったん出ると蓄積されて消去しにくいものですから、そのバランスをみればストレスの状態を想定できます。合わせて唾液の量も測定すれば、フレイルになりやすいかどうかを予測できそうです。
―検査結果に基づいて、フレイルリスクの評価と対策まで提案してもらえると聞きました。
成田:唾液の量は交感神経と副交感神経のバランスによって決まります。交感神経が優位になれば唾液量が減り、副交感神経が優位になると唾液量が多くなるのです。したがって唾液量をみれば、これら2つの神経のバランスがわかると同時に、唾液量による口腔内の抗菌作用も推定できます。唾液の抗酸化能力を評価すれば、歯周リスクとフレイルリスクを予測できます。これらのリスク評価はパーセンテージで表示します。すなわち0~29%までならリスクは低、30~59%なら中、60%以上では高となります。この結果により適切な対策、例えば食事のとり方やウォーキングの勧めなどを提案します。
金:
我々が展開している電力データに基づくフレイル検知とフレサイン®を組み合わせれば、判定精度が高まると期待できます。関東エリアでは2023年の下期から、電力データが利用可能になりますので、データ連携の地域的な広がりも期待できます。
成田:
フレサイン®で把握できる酸化ストレスは、さまざまな疾病に関与することがわかっています。今後の展開としては、睡眠データやストレスデータも取得する準備も進めています。
加藤:
フレイルの進行による要介護状態にならないためには、運動などの生活改善が必要です。とはいえ単に「生活習慣を変えましょう」といわれても、それを実行するのはかなりハードルの高い作業となります。気分を変えるキッカケとして、検査によって自分のリスクを知らせてもらえばモチベーションを高められると思います。
データ活用を進めて“IKIGAI”の創出へ
―SelCheck®の他のサービス、パピア®やレナテスト®は、どのような仕組みになっているのでしょうか。
成田:パピア®は、子宮頸がんの原因となるウイルスに感染しているかどうかを、自宅で簡単に検査できるキットです。簡単とはいえPCR法に基づく高精度な検査であり、日本人女性に合わせて開発された体に優しいデバイスを使用しています。レナテスト®は、尿中のL型脂肪酸結合タンパク(L-FABP)を検出します。L-FABPは、慢性腎臓病の重症化リスクの指標として知られています。これも自分で採尿するキットなので、手軽に使えます。
加藤:
医師の立場で考えれば、フレサイン®はもとより、パピア®、レナテスト®のいずれも、通常の定期健康診断では対象となっていない項目についてデータを取れる点が画期的ですね。オーラルフレイルになると、フレイルに移行するリスクが2倍になるといわれていますから、フレサイン®の結果に基づく早期介入による結果に基づいて早期介入が可能になることは非常に意義が大きいです。またレナテスト®の結果をみれば、問題のある人は生活習慣改善の必要性を自覚してもらえるのではないでしょうか。
金:
電力データによるフレイル検知を、フレイル予防のための1次スクリーニングと考えれば、フレサイン®は2次スクリーニングと考えられ、シナジー効果を期待できます。
―PHRで得られる各種の健康データを活用すれば、ヘルスケアの新しい世界が広がりそうです。
成田:
PHR活用の一環として、日々のバイタルレコードを記録して健康管理に役立てる取り組みを、広島大学や広島市と試しています。例えば「ヘルシーキャンパス宣言」を行った広島大学では、学生と教職員がスマホアプリの「Mirai健康手帳」をインストールして健康管理に役立てています。データを提供するとポイントが付与され、このポイントは景品(ウェアラブルデバイス、体組成計など)の抽選や地域ポイントのプレゼントで使える仕組みです。私たちがめざす、「ヘルスケア情報銀行」のモデルケースとして取り組んでいます。
金:
ヘルスケア情報銀行とは、名前からしてユニークですね。PHRを扱う情報流通プラットフォームのような位置づけですか。
成田:
そのとおりです。PHRを扱う際に何よりの課題となるのが、プライバシーの確保です。情報の機密性を守るために、ベンチャー企業の株式会社オケイオスと資本業務提携しました。同社はブロックチェーン技術を活用し、安全にデータ管理や利活用できるプラットフォームを開発しています。ヘルスケア情報流通プラットフォームでは、さまざまなアプリからのヘルスケア情報を個人がセキュアに一元管理できます。同時に、そのデータを病院の先生などに提供すれば、より適切な治療を受けられるようになります。もちろんデータの治験への活用も視野に入れています。
―シミックグループのCEOメッセージにある“IKIGAI(生きがい)”の追求を実現するためのプラットフォームでもあるわけですね。
成田: IKIGAIを持っている人のほうが、長生きする傾向が明らかになっています。だからデータ活用をはじめとする各種ヘルスケアサービスを提供し、一人でも多くの方に生きがいをもって過ごしてもらいたいのです。そのため甲府市で「甲府IKIGAIコンソーシアム」を運営し、データ利活用事業の社会実験に取り組み、その成果を活かして健康管理の総合的なサポートを全国で40の自治体に提供しています。
データ活用の価値は無限大、価値を高めるカギはデータ量にある
―「フレイル対策コンソーシアム」への加盟については、どのような期待を持っておられるのでしょうか。
成田:
最初にお話を聞いた段階で、電力データをフレイル検知に活用する切り口を、とても斬新だと感じました。私たちが収集するバイタルデータと電力データの掛け合わせにより新たな拡がりを期待できます。コンソーシアムの参加メンバーから私たちのサービスに対する意見を聞かせてもらえれば、私たちもサービスのクオリティを高められるはずです。その結果として、コンソーシアムにより貢献できれば、これほど嬉しいことはありません。
金:
フレイルの早期検知から介入により健康寿命を延ばすのは、国家レベルの課題ですから、当然一社では解決できません。シミックグループの参加により、早期検知でのコラボレーションに期待しています。我々が面的なスクリーニングを行った上で、バイタルデータを把握し活用できればより正確な介入をできます。
加藤:
得られたデータをつないで重層化した上で解析すれば、より効率的な介入法が見えてくる可能性が高まります。これまで医師としては、とにかく病院に来てくれない人とは接する機会がなく対処のしようがありませんでした。特にフレイルについては、本当ならできるだけ早い段階で診てあげたい。データを活用できるようになれば、たとえ病院に来てくれなくても悪くなる前に介入できるようになり、予防できる人が確実に増えるはずです。
―いずれにしてもデータの効率的な収集と活用がキーポイントとなります。そのための課題と解消法を教えてください。
成田: 大きな鍵は、情報提供に対して付与するインセンティブだと思います。インセンティブ提供による情報収集の成功事例が、ポイント提供により購買情報を収集するQRコード決済サービスではないでしょうか。ウェアラブルデバイスによるデータ提供にも、何らかのインセンティブが必要です。その一例として、保険会社ではウェアラブルデバイスによるデータ提供へのインセンティブとして、保険料の割引をアピールしています。今後は母子健康手帳に始まり、ワクチン接種や学童健診のデータから各種のバイタルデータを生涯にわたって収集できるようになるでしょう。まさにPHRの活用は、これからの健康を支えるベースであり、多くの人の“IKIGAI”を支えるインフラになると期待しています。