FRAILTY PREVENTION CONSORTIUM

「AI×電力データ」が健康をサポート。
フレイル検知が変える日本の未来とは?

NEWS 2021.7.30

写真右 佐々木克之
中部電力株式会社 事業創造本部 部長

1993年中部電力入社。電力保安通信設備の建設・保守・運用業務に従事。通信事業会社への出向等を経て、2018年 合同会社ネコリコを設立。初代の代表社員職務執行者に就任。2020年より現職。趣味はテニス。

写真左 大杉慎平
株式会社JDSC 取締役 CDSO

東京大学在学中にTeach For Japanを共同設立後、マッキンゼーアンドカンパニーにて、インフラ産業の技術戦略支援に従事。その後株式会社JDSC CDSO就任、東京大学での研究活動を兼務。国際学会ICSCA受賞。趣味は卓球・剣道。

日本の健康寿命を伸ばす取り組みの一つとして、注目を集めているのが「フレイル」です。

“フレイル”とは虚弱を意味する言葉で、健康と要介護の中間に位置します。可逆性があるのが特徴で、フレイルの状態で適切な介入支援を行えば、健康の状態に戻ることができるとから、フレイル状態を検知することに大きな意義があります。

合同会社ネコリコ(中部電力株式会社と株式会社インターネットイニシアティブの合弁)と株式会社JDSCは各家庭に備え付けられている電力メータ(スマートメーター)から、日々の電力の変動をAIで分析し、フレイル状態の検知を行う実証実験を、2020年1月にスタート。電力データだけでも十分にフレイルを検知できる可能性があることを実証しました。

今回はこのプロジェクトを立ち上げた中部電力事業創造本部部長(前合同会社ネコリコ職務執行者)の佐々木克之氏と、JDSC取締役大杉慎平氏に、フレイル検知が社会をどのように変えるのか、2021年7月に設立された「フレイル対策コンソーシアム」の目指す未来像はどのようなものか、お話をお聞きしています。

実証実験とワークショップから生まれた「フレイル検知」のアイデア

―中部電力とJDSCが今回の「フレイル検知」の取り組みを共同で行うに至った経緯はどういったものでしたか?

佐々木 克之氏(以下、佐々木):
私が中部電力の子会社であるネコリコに当時所属していた時に、JDSCさんにコンタクトをとったのがきっかけでした。その頃は電力データをIoTサービスに活用するアイデアを検討していたのですが、JDSCさんは、電力データから在不在を判断し不在配送問題に活用する技術をお持ちだったので、お声がけさせていただきました。

大杉 慎平氏(以下、大杉):
当時は弊社が設立して1年未満だったと記憶しています。まだ社員が4名ほどで、小さな雑居ビルで働いていたのですが、そこに佐々木さんが訪問くださって驚いたのを覚えています(笑)。

佐々木:
私たち側からすると、IoTの事業をする上で、何かしら大きな特徴を持ちたいと思っていました。それで実際にJDSCさんのお話を聞いてみると、技術面が優れているだけでなく、ビジネスモデルを構築する観点も優れており、直感的に「この人たちとなら、とても良いものが作れるんじゃないか」と思いました。

―「フレイル検知」というアイデアは、どういったところから生まれたのでしょうか?

佐々木:
最初は東大で行われていた電力データ解析の研究成果を再調整して実施しました。実験の結果はとても良いものだったので、その後の課題は「これを何に活用するか?」でした。

大杉:
そのために、かなり本気のワークショップを2回ほど開催しました。JDSC,ネコリコのメンバーに加え、中部電力の方々にもご協力頂いて、ニーズ調査や対象者へのヒアリングを念入りに行えたことで、「フレイル検知」に至るいくつかのヒントが生まれました。中部電力社員の方が消費者との接点をお持ちであり、どういったニーズがあるかの視点を持っていたことが非常に大きかったと思います。

佐々木:
検討を通じて上がったのは「認知症の予兆を確認できないか?」「高齢者サポートに活用できないのか?」といったアイデアでしたね。JDSCの方々の非常に素晴らしかったところは、すぐに関連しそうな論文をしっかりと調べ上げてくださったことです。その結果、シンガポールの大学が「フレイル」をAIで検知する研究をしていることが分かり、この分野なら新技術を応用できそうだという発想に至りました。

―ユーザーの市場調査と関連分野の研究の下調べが組み合わさったことで、「フレイル検知」というアイデアが生まれたわけですね。

佐々木:
IoTサービスのビジネスは「ユーザーが本当に解決したいこと」を考えるのが重要なのですが、今回の場合は“高齢者”“健康”に焦点を当てたことで、私たちが具体的に関わるべき問題が見えてきたのだと思っています。

電力データだけでフレイル検知はできるのか? 約1年かけて行われた実証実験

―その後、実際に各家庭で「フレイル検知」が可能なのかを確かめるための実証実験が2020年1月から約1年間ほど実施されていますね。

大杉:
この実験では「電力データだけでフレイル検知が可能なのか」という観点が重要な検証ポイントとなりました。データ精度を考えれば、さまざまなデバイスを家庭の中に設置した方がより精確な結果がとれます。しかし、デバイスを設置する手間や費用を考えると、特に高齢者の方の負担が大きくなってしまいます。なので、電力データのみでの検知が、実用化の面で非常に大事だったわけです。

―長期にわたる実証実験ですが、苦労した出来事などはありましたか?

佐々木:
実証実験のタイミングでコロナウイルスの感染拡大があり、モニターの方を募集するのが非常に困難な状況でした。説明会も開けない状況で実験は無理かと思っていたのですが、(モニター対象エリアの)三重県の東員町長役場の健康長寿課の方々が、実験への協力をお願いして回ってくださいました。そのことに関しては今でも非常に感謝しております。

大杉:
振り返ると、産官学が連携できたからこそ、そのような状況下でも実証を進めることができました。三重県知事や、東大の研究機関が「これは良い取り組みだから」と協力にプッシュしてくださった事も大きかったと思います。東員町のモニター様、東員町長や東員町役場の方々、三重県の方々、東京大学・三重大学の先生方などにご協力を頂けたことを大変有難く思っております。

―実際の実験結果はどういったものでしたか?

佐々木:
結果として、電力データのみで8割近い精度のフレイル検知が可能だということが判明しました。この結果は良い意味での驚きでしたね。

大杉:
この結果は、AIの解析力が優れていたのも要因のひとつではありますが、そもそも身体的フレイル自体が、電力の変動から検知しやすいものだったことも大きかったのではないかと思っています。また今回モニターをされた方は単身の高齢者の方々だったので、パターンの変化を読み取りやすかったのも結果に関わっていますね。今後は2人以上の住宅でもフレイル検知が可能なのかも検証していく必要があると思っています。

「フレイル検知」で高齢者がハッピーな生活を送れる未来を目指す

―フレイル検知の実証実験を通して、どういった課題が発見できましたか?

佐々木:
そもそもフレイルの一番の特徴は「治せる」ということです。フレイルの段階で発見すれば、大事に至らずに健康な状態に戻していけます。そのためには「どういったサポートが必要か?」が、今後考えていかなければならない課題ですね。それが、今年の7月に立ち上がる「フレイル対策コンソーシアム」の目的にも関わってきています。

―「フレイル対策コンソーシアム」は、どういった経緯で生まれた組織でしょうか?

佐々木:
課題の解決策をJDSCの方々と話し合う中で生まれたアイデアでした。そもそも「フレイル検知」を社会実装していくには、さまざまなパートナー企業との協力が必要となります。例えば「身体が不健康な状態の人」を検知したら、病院やフィットネスジムなどと連携して包括的なケアができると理想ですよね。また、各企業が保有するデータをシェアし合えれば、より精確な検知ができるようになります。そうしたメリットを踏まえて、コンソーシアムの立ち上げに至りました。

―コンソーシアムというかたちで様々な業界の企業が連携できれば、フレイル対象者の検知後のケアが充実しますね。

佐々木:
私もじきに仲間入りですが、高齢者の方はフレイル状態でない方がハッピーですよね。だからフレイルを検知してもらったら健康な状態に回復したいし、そもそもフレイルにならないようにしたい。そのために、各情報をリンクして集約できるプラットフォームを作れば、高齢者の方々の健康寿命を延伸でき、より充実した生活を送っていただくことができるのではないかと思っています。また、企業側としてはそこに大きな成長の可能性があると考えています。当社は、地球環境に配慮した安全・安価で安定的なエネルギーと、暮らしを豊かで便利にするサービスをセットでお届けする「コミュニティーサポートインフラ」の提供を目指していますので、今回の取り組みはその方向性とも合致しています。

大杉:
このコンソーシアムの非常に良い点は、「フレイル」を切り口にしつつ、高齢者の方々の課題を産官学一体となって取り組めるところにあると思っています。これによりフレイルの改善サポートが円滑に行われ、フレイル状態ではない高齢者の方がより社会の場で活躍したり、地域のコミュニティに参加したりしやすくなっていけば、当事者の方にも周囲の方にも理想的ではないかと思っています。

―最後に、今後のコンソーシアムについての意気込みをお聞かせください。

佐々木:
「フレイル検知コンソーシアム」というと「フレイル検知」自体が目的のように見えてしまいますが、あくまで検知は手段のひとつであって、最終的な目標は「高齢者の方々が健康でハッピーに過ごせる」ことだと思っています。これを実現するためには、行政を含めた地域コミュニティーと民間企業が保有する技術やサービスを有機的に連携させていく必要があり決して簡単なことではありません。多くの方々に協力をいただきながら、本コンソーシアムを通じてこの大きな社会課題の解決に貢献していきたいですね。

大杉:
コロナと人口減とがあいまって、地域ぐるみでの人間同士の交流がどんどん縮小化していく現在の日本の状況でも、人と人を”データ”というかたちでつなぎ止められれば、フレイルの防止やケアだけでなく、その地域に暮らす人々の生活の活性化にも繋がるのではないかと期待しています。最初は雑居ビルの一室から始まったアイデアですが、産官学民全体へと広まり、大きなうねりを生み出せるようにしていきたいですね。