FRAILTY PREVENTION CONSORTIUM

地方自治体から、
日本全体の課題解決のきっかけを創る

NEWS 2021.7.30

水谷 俊郎
三重県東員町 町長

東京工業大学工学部卒業。三重県庁、大成建設(株)勤務を経て、1991年(平成3年)4月三重県議会議員初当選(3期当選)。三重県監査委員、行政改革調査特別委員長、三重県議会PFI研究会座長などを歴任後、2011年(平成23年)4月東員町長として就任。趣味は囲碁。

フレイル検知の実証実験は、三重県東員町で行われた。同町は高齢化率が30%を超えており、高齢化対策は町政における最重点課題の一つである。健康寿命を長く保つためには、フレイルの早期検知が欠かせない。国に過度に頼らず、“稼ぐ”をキーワードに自立を目指す東員町は、今回の実証実験に町ぐるみで取り組んだ。その思いと実験の成果、今後展開されるコンソーシアムへの期待などを町長の水谷俊郎氏に伺った。

将来を見越して町づくりに取り組む

―はじめに東員町について教えてください。

水谷俊郎氏(以下、水谷氏):
東員町は桑名市の西隣、名古屋から30キロぐらいに位置するベッドタウンです。40年ぐらい前に新興住宅団地ができ、いわゆる団塊の世代の方たちが入居されました。この方たちと以前からいる住民も含めて高齢世代に差しかかっているという状況です。

―町長として町の課題をどのように捉えておられるのでしょうか。

水谷氏:
ポイントはやはり高齢化対応となりますが、幸いにも当町の高齢者は活発な方が多く、健康寿命の高さが町の特徴にもなっています。従ってひと口に高齢化対策といっても、当町では健康寿命を高く保つことに重点を置いています。そのためにはフレイル予防がカギになると考え、今回の実験に参加した次第です。

―実証実験の参加に対する思いはどんなものだったかお聞かせください。

水谷氏:
当町では今のところ、元気な高齢者が多く健康寿命も高い。これは事実です。だからといって何も手を打たなければ、いずれは医療費負担が増し財政が逼迫するのは目に見えています。逆にいえばフレイルを抑えて健康寿命を伸ばす実験で、手応えのある成果を出せれば、当町はもとより同じような状況に置かれている全国の自治体の参考になるはずです。三重県から実験参加への推薦もあり、ぜひ挑戦してみたいと考えたのです。

フレイルに対する認知、健康寿命に対する意識が高まる

―実施時期がたまたまコロナ禍と重なり、苦労されたのではないでしょうか。

水谷氏:
実験を絶好のチャンスと受け止めたので、参加者を増やすため事前に職員と綿密な打ち合わせを重ねて動き始めました。とにかく全国で最初のケースとあれば、我々が失敗するわけにはいきません。当初はキックオフイベントを大々的に開催し、協力者を集める予定でした。イベントをやれば対象となる高齢者の方々も興味を持ってくれるだろうし、実験への参加者も比較的簡単に集まると思っていたのです。こうした算段がコロナ禍により一変し、三密を避けるためイベント開催を断念せざるを得ませんでした。

―イベントを開催せずに、参加者を集めるのは苦労されたのでは?

水谷氏:
職員が一軒一軒、対象となる高齢者のお住まいを訪ねて、実験内容を説明して回りました。これは実に大変な作業でした。なぜなら高齢者の皆さんは、そもそも「フレイル」が何かさえわかっていない方が多いからです。実験の説明書を持って行き見てもらいましたが、パンフレットにはフレイルをはじめとして横文字がたくさん書かれています。これらの用語をきめ細かく説明するため、1軒あたり1時間半ぐらいはかかりました。ただし、こうして時間をかけてじっくり説明できた結果、予想外の効果もありました。高齢者の方々のフレイルに対する認知度が高まって理解も深まり、「フレイルにならないように気をつけよう」と意識してくれる方が増えたのです。おかげで実験終了後に町で開催された、東京大学高齢社会研究機構・機構長の飯島勝矢先生の講演には200人ぐらいが集まってくれました。意識の高まりを感じましたね。

行政の課題解決をビジネスチャンスに

―実証実験の成果をどう評価されますか。

水谷氏:
結論からいえば“健康寿命を伸ばすための道が開けた”と、そんな予感がしています。そもそも高齢対策は、行政だけで解決できるような課題ではありません。課題解決に企業が参入してくれることに、極めて大きな意義があります。企業にとっては高齢対策がビジネスとして成立する、そんな可能性が今回の実験で見えたのではないでしょうか。企業が事業を行って価値を提供し、その価値に対して適正な対価が支払われる。このスキームで進めていけば、全国レベルで適正な高齢対策が展開されると信じています。

―地域課題の解決には企業の力が必要なのですね。

水谷氏:
私はもともと民間企業の出身であり、企業はもっと行政の力になれるはずだとずっと考えてきました。企業側からすれば、行政の仕事を受注するには入札しか機会がないと考えがちですが、実際の窓口はそんなに狭いものではありません。企業にはぜひ、蓄積しているノウハウを町づくりの視点で捉え直して提案してほしい。それだけのノウハウを企業は持っているはずです。行政は、そうしたノウハウを柔軟に取り入れてこそ地域活性化を実現できるのです。その意味では、今回のコンソーシアムにRIZAPさんが参加しているのが印象的でした。RIZAPといえば個人に対するダイエットというイメージが強かったのですが、“健康”を切り口とすれば同社が持っているノウハウを、地域社会にも活用できる。新たな可能性の広がりを感じました。

このコンソーシアムが、閉鎖的な行政・地方自治体を変えていく

―今回の東員町の取り組みについて、三重県内での反応はいかがだったでしょうか。

水谷氏:
定期的に開催されている町長の集まりでも、非常に注目されていると感じました。具体的な進行について事細かに聞いてこられた町長などは、自分の町でもやってみたいと話されていました。県内には東員町より高齢化が進んでいる地域もあり、どこも高齢対策には関心が高いと改めて認識しました。東員町での実験結果によれば、フレイル判定について80%ほどの精度があったと聞いていますが、データを多く集めるほど精度が高まると思います。ぜひ、この取り組みが日本各地に広まることを期待します。

―最後にコンソーシアムに対する期待をお聞かせください。

水谷氏:
繰り返しになりますが、東員町が先陣を切ったのは、全国へ広げるためのキッカケづくりにしたいとの思いに駆られたからです。高齢対策は日本全体にとっての大きな課題ですから、その解決にまず一歩でも踏み出せたことに意義があると思っています。さらにコンソーシアムには産官学が揃って参加しています。この3者が手を携えて日本社会の仕組みを変えるのです。コンソーシアムは、これまでいささか閉鎖的な側面の否めなかった行政を開く突破口にもなるでしょう。社会課題は、もはや国任せだけでは解決できません。地方自治体を含む行政、実際に価値を提供してくれる産業界、進むべき方向性を示してくれるアカデミアが、三位一体となって日本全体を変える。そんなムーブメントが起こるのを期待しています。