FRAILTY PREVENTION CONSORTIUM

フレイルの早期検知により
「快活なまちづくり」をめざす

NEWS 2021.7.30

飯島勝矢
東京大学 高齢社会総合研究機構 機構長・未来ビジョン研究センター 教授

専門は老年医学、老年学。特に、健康長寿実現に向けた超高齢社会のまちづくり、地域包括ケアシステム構築、フレイル予防研究などを進める。内閣府「一億総活躍国民会議」有識者民間議員、厚生労働省「高齢者の保健事業と介護予防の一体的な実施に関する有識者会議」構成員、日本学術会議「老化分科会」「高齢者の健康分科会」ボードメンバーなどを歴任。 近著に、『在宅時代の落とし穴 今日からできるフレイル対策』(KADOKAWA、2020年)、『東大が調べてわかった衰えない人の生活習慣』(KADOKAWA、2018年)など。

健康と要介護の中間の状態である「フレイル」。高齢者の健康を考える上で、いま注目を集めています。東京大学・高齢社会研究機構(IOG)で機構長を務め、同時に東京大学・未来ビジョン研究センター教授でもある飯島勝矢教授に、「フレイル」に込めた思いとコンソーシアムへの期待について伺った。

心臓を守る医者から、「まちづくり」の医者へ

―はじめに先生のご専門、ジェロントロジーについて教えてください。

飯島勝矢氏(以下、飯島氏):
超高齢社会における広範で複雑な課題を解決するためには、医学や看護学にとどまらず、理学や工学、あるいは人文社会学、法学、経済学などまでを包括する新しい学問体系を築く必要があります。そのために構築された総合的学問体系が「ジェロントロジー」であり、高齢社会の課題解決において先導的な役割を果たす新領域として期待されています。

―先生は、いつからジェロントロジーに関わっておられるのですか。

飯島氏:
私がIOGに移って来たのは、今から10年ぐらい前です。もともとは循環器内科の臨床医として、心臓のカテーテル治療一筋に取り組んでいました。それこそ毎日、朝から夜中まで一日中ずっとカテーテル治療に没頭していました。ところがある日、ふとまわりが見える瞬間があり、一気に視界が広がったのです。もしカテーテル治療に至る前に何らかの手を施すことができれば、より多くの患者さんを救えるではないかと。そう考えたとき、高齢者の生活全体に目を向ける必要性に気づきました。そのタイミングで医学部附属病院からIOGに移ったのです。例えるなら、心臓を守る医者から、まちづくりの医者への転身ともいえるでしょうか。心臓の専門家から高齢者医療全般に取り組むようになり、そして今は高齢社会対応のまちづくり全般に注力しています。

高齢者を前向きにすることば「フレイル」

―「フレイル」ということばを発案されたと伺っています。

飯島氏:
日本老年医学会で議論を重ねた結果、新概念「フレイル」を世間に向けて発表したのは2014年のことです。語源は英語の「Frailty」であり、その英単語の意味には虚弱、衰弱から人生のエンディングまでが含まれます。しかし、落ちた心身機能が戻らないという手遅れにならないためにも、より早期からの介護予防の考え方をしっかりと浸透させたいという狙いも盛り込み、シンボルとなる新概念をつくり、国民に広く知ってもらおうと願い、世に出したのです。ちょうど「メタボ」や「ロコモ」などのことばが知られていたので、カタカナ用語が馴染みやすいとも考え、前向きな気持でがんばってほしいとの思いを込めて「フレイル」としました。

―つまりは健康と要介護の中間地点を意味することばですね。

飯島氏:
100点満点の健康状態ではなく、かといって人手を借りる必要のある要介護でもない状態が「フレイル」です。いったん要介護の状態となってしまうと、そこから復帰するのはかなり難しい。そうなる前、つまり「フレイル」の段階で変化に気づけば、健康に戻せます。早期発見には身体の衰えだけでなく、心の持ちようや社会との関わりも見逃せない重要な要素です。そこで「フレイル」は次の3つの要素で定義しています。第1は、健康と要介護の中間の時期であること、第2は、健康に戻れる可逆性のある時期であること、第3は、身体性に加えて心・認知面、さらに社会性も加えた3つの側面で成り立つことです。

全国自治体に広がる「フレイルサポーター」

―まちづくりにまで言及されているのは、どうしてでしょうか。

飯島氏:
改めて我々が「フレイル予防」をアピールする前から、介護予防の取り組みは行われていました。その介護予防活動をより立体的かつ包括的に行い、一人ひとりの高齢者の暮らしを高める支援策として、「フレイル予防」を打ち出したのです。その際に欠かせないのがまちづくりの観点です。「フレイル予防」には、住民自身の気づき・自分事化も重要であると同時に、自治体と協働での取り組みも必須となります。

―いま、全国でどれぐらいの自治体と協働しているのですか。

飯島氏:
行政が「フレイルサポーター」を養成し、彼らによるフレイルチェックを正式なミッションとして実施している自治体は、全国で73あります。活動するためには予算が必要ですが、人口7000人ぐらいの町村単位でも導入できるように、初年度予算が数十万単位で収まるように設計しています。コロナ禍だからこそフレイル予防活動が必要と考える自治体が増えていて、今年度はさらに20ぐらいの自治体で導入される予定です。今回の実証実験を行っていた東員町でも、今年から始動します。実際に導入している自治体に加えて、意見交換しているところを合わせると、全国で100ぐらいの自治体と関わっています。

―コロナ禍を乗り切る知恵をまとめた『おうちえ』を発表されています。

飯島氏:
『おうちえ』は、シニアの方々に、おうち時間を楽しく健康にすごしていただく知恵をまとめたWEBパンフレットです(http://www.iog.u-tokyo.ac.jp/?p=4844&lang=ja)。コロナ禍によるフレイルに対する悪影響は、去年の秋ぐらいから明らかで、自粛生活を強いられて生活が不活発になり足腰が弱ってしまったり、メンタルをやられる人が出ています。これは“コロナフレイル”とも呼ぶべき状態です。人と話す機会が減ると滑舌が衰え、外出が減ると足の筋力が衰える。こうした状態に陥らないために、家の中で楽しみながらできるフレイル予防を知ってもらうために制作しました。まもなく第2弾を公開する予定です。

コンソーシアムは興味深い取り組み、大いに期待している

―今回、東員町で実施した実証実験についてはどのように受け止めておられますか。

飯島氏:
汎用性のある電力メーターをキーデバイスとする、この着眼点はとても興味深い。汎用性があり、将来性も強く感じる研究だからこそ、楽しみでもあり、一層の精緻さを求めたいとも思います。

―コンソーシアムについての期待をお聞かせください。

飯島氏:
健康長寿のまちづくりは、産官学連携で取り組むべきテーマであり、産業界の参加は必須の課題です。地域コミュニティのアクティビティというのは、行政が守っている部分も大いにありますが、日常生活の豊かさ、多様な選択肢を産業界が演出しているのも事実です。高齢者の生活を中核に据えるのだから、ライフライン関連から電化製品など日常生活に関わる部分までを包含する、多様な企業の参加が望ましいでしょう。購買データなど、企業が持っているビッグデータも必ず役に立つと思っています。
先ほど私も全国の自治体と協力しているという話をしましたが、このような新しい取り組みを行政が受け入れるかどうか、熱意を持って取り組むかどうか、現場の歯車が回るかどうか、は様々です。担当者が変わればトーンダウンしてしまうこともあるので、人が変わっても続いていくシステムを構築する必要があります。企業を集めて、行政をうまく巻き込んでいって欲しいですね。
我々IOGとしてもコンソーシアムとの連携を視野に入れています。今回の実証実験で得られた知見を元に、さらなる検証を積み重ねベースをしっかり固めた上での展開に期待します。